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福岡高等裁判所 昭和61年(ラ)73号 決定

抗告人

末石賢次

右代理人弁護士

河西龍太郎

主文

原決定を取り消す。

本件免責の申立を許可する。

理由

一本件抗告申立の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

二そこで検討するに、免責の制度は、不誠実ならざる破産者に対し、一定の債務についてその責任を全面的に免除するという特典を付与することにより、破産者の経済的更生を容易にするために設けられたものであること、また、破産法の規定によれば、破産者は破産手続の解止に至るまでの間何時でも破産裁判所に免責の申立をなすことができ(破産法三六六条の二第一項)、裁判所は同法三六六条ノ九各号に該当する場合にかぎり免責不許可の決定をすることができる(同法三六六条ノ九)と定めていることに徴すれば、形式上同法三六六条ノ九所定の各号に該当する事由がある場合であつても、その事実が軽微である等特段の事由があるときは、裁判所はその裁量により免責を許可することを妨げないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、一件記録によれば、抗告人は昭和四九年頃から特殊くい打機や重機を所有し、従業員約九名を使用して建設業(くい打工事業)を営むものであるが、昭和五七年六月頃高利の貸金業者らから三八〇〇万円の融資を受けて転売を目的とする雑種地を購入したが、予期に反して右雑種地は容易に売却処分することができず、他方、右金利がかさみ、その返済に追われて借り替えを繰り返してきたところ、昭和五九年三月末に至り、抗告人の債権者杉山忠臣外七四名に対する債務は、総額三億三八〇〇万円余りに達し(帳簿上の資産総額は二億五〇〇〇万円)、そのうち右借受元利金は約九四〇〇万円を占め、同月二月頃まで利息を支払つてきたものの、同年三月に至り支払を停止して支払不能の財産状態となり、従業員を解雇して営業を廃止するとともに自己破産の申立をなし、昭和五九年四月一八日午前一〇時佐賀地方裁判所において破産宣告決定を受け、右決定は確定したものであるところ、抗告人は

(1)  昭和五九年三月二六日頃から裁判所の許可を得ないで居住地を離れて身を隠し、このため昭和五九年四月九日の債務者(破産者)審尋期日及び同年六月一三日の第一回債権者集会に出頭せず、

(2)  昭和六一年七月二日の免責に関する審尋期日にも出頭しなかつた

ことが認められ、右(1)及び(2)の行為は、外形的にみれば破産法三六六条ノ九第五号(第一四七条、一五三条)に定める免責不許可の事由に一応該当するものといえる。

しかし他方、一件記録によれば、以下の事実も認められる。

(一)  抗告人は破産の申立をした昭和五九年三月当時、債権者である金融業者らから約二億円の生命保険契約の締結を強いられ、右保険料として月額約二〇万円を支払つていたところ、債権者らから委任を受けた取立人による強硬な債権取立に追われるようになつたことから、身の危険を感じて抗告人代理人弁護士と相談の上、同年三月二六日頃から裁判所に住所変更許可申請をすることなく福岡市内等に転居したが、同弁護士に対しては、居住地を明らかにし、連絡を保つていたこと、

(二)  もつとも、抗告人は、昭和五九年四月初旬から約三か月間、右弁護士にも無断で身を隠し、このため同年四月九日の債務者(破産者)審尋期日に出頭していないけれども、同期日には、抗告人の事業につき経理を担当していた妻瑠理子(但し、昭和五九年七月一八日離婚)が抗告人に代わり出頭の上、抗告人の営業内容や負債状況並びに本件破産に至つた事情等につき、詳細に申述していること、

(三)  また、抗告人は、破産免責に関する昭和六一年七月二日の債務者(破産者)審尋期日に出頭しなかつたものの、その後間もなく開かれた同月一七日の右審尋期日には、みずから出頭の上申述していること、

(四)  抗告人の免責申立については、債権者七五名中、江川恭子(債権額四、九八八、二七七円)のみが異議を述べているにすぎず、また、破産管財人も「破産者に対する免責不許可事由の存否の判断は、いずれとも決し難い。」として、その意見を留保していること、

以上の事実が認められる。

右認定の事実、殊に、前掲(1)、(2)の行為に及んだ事情や、右行為が破産手続に及ぼした実害の程度等の諸事情を勘案すると、抗告人の前掲(1)、(2)の行為をもつて、免責の申立を許可してはならない程の抗告人の不誠実性を徴表するものとみることはいささか酷に過ぎるので相当でなく、他に、抗告人の不誠実性を推認しうる事実の認められない本件においては、抗告人に対し、その更生を容易にするため免責を与えるのが相当である。

よつて、抗告人の申立を許可しなかつた原決定は不当であるから、これを取り消し、右申立を許可することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官高石博良 裁判官松村雅司 裁判官亀川清長)

別紙 抗告の趣旨

原決定を取消す。

本件免責の申立を許可する。

抗告の理由

一 原審は破産法第三六六条の九第五号(第一四七条の居住制限、第一五三条の説明義務違反)に該当する事由があるものと認め免責を不許可にした。

二 抗告人の住所に関しては、別紙代理人河西作成の報告書のとおりである。

三 出頭状況については、別紙抗告人作成の報告書のとおりである。

四 以上のとおり、抗告人には確かに一定期間居住制限に違反し、説明義務をつくさなかつたことはあるが、それによつて破産決定に重大な支障をきたすこともなく、具体的に公平な分配を妨げることもなかつた。免責不許可事由は単なる懲罰的な意味ではなく、公平な破産を妨げる行為をした者に対する懲罰であるので、本件の不許可決定は免責不許可の範囲の法の適用を誤つた違法がある。

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